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S.I.D.

the spinner in dArkness  ワナビの徒然日記

創作◆滲み出る自己満足





以前読んだ本のネタを使おうとグノーシスの事を調べているとプラトン先生とかにたどり着いて
そこからさらにごりごり掘り下げていくともう何が何だか解らんレベルになってくる。
以前ラテン語で済んでたものがヘブライ語になった瞬間意味不明になって唖然とした事もあったけど。
(ラテン語はまだ現代で使う言葉とかが混じってたりするし英語表記でほぼいけるけどヘブライ語になるともう何が何だか!)


どこまで設定を作るのかって言うのは結構コスト的な意味も在ると思うので人によって全然違うと思うけど
自分は自分が「面白い」と思えるところまでは作中に使わなくても調べて設定する。

例えば以前書いたお話でとある登場人物の過去に「一度人を殺したことがある」って設定があって。
それは全然作中に出てこないし書いてない。
ではその設定が全くの無駄かというとそうでもなくて、そいつの台詞とか登場人物に対しての会話で在る部分で詰まったりするというそういう細かい部分では設定していた事が生きてくる。
(キャラの思考が発生)

登場人物が誰かを殺そう、と発言したとして、過去の殺人によって苦しめられている人が返す言葉とそうで無いものは異なる。

まぁそれを読者に解って欲しいなんてのはただの無茶でありぶっちゃけは無駄なのかもしれない。
でも書いていて楽しいっていうのはお話の出来にも左右されてくるので書いてる人が楽しくかければいいんじゃないのかなと思う。
自己満足って切って捨てることも出来るけど、その自己満足が書いてる時のモチベに繋がるのであればいいんじゃない。
(ただしここで読者を置いてけぼりにするものを作ってしまうのはまた別の話。)

別にそんなの設定しなくてもかけちゃうぜって人は天才なのでほっておく。
自分は特にそういう設定による原型を作らず手癖で書いちゃうとどーにも自分の思考と混じってしまって駄目。

登場人物少なければ良いけど多くなるとそれだけでダレが誰だか解らなくなる。

特殊な口調とか流行ってる?けどああいうのを使わずに思考でそのキャラを表現出来たらいいなと思う。
あくまでも希望であるのが味噌であるのであるんである。


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